MIEの『みなもと』


 

子供の頃は無邪気に絵を描き
らくがきを楽しんでいたけれど
歳を重ねるにつれ 絵を描くことは
楽しいだけではなくなってしまった。

20代の頃は コンクールの入選を気にするあまり
何を描こうかと行き詰まりを感じたりした。

人物か 風景か。具象か抽象か。
何か良い題材はないだろうか。

いまいちコレだと思えるものが見当たらず
それでも「描きたい」という気持ちだけが
先走りするため 焦りさえ感じてしまう。

そんなある日 小学生の時に
らくがきをしていた巻きぐそを思い出す。

当時 ドクタースランプ アラレちゃんが
テレビでアニメ化されていたけど
そこで知ったかどうか不明だけれど
そのカタチが 訳もなく好きだった。

そして 思った。
描いてみたら どうだろうか。と。

スケッチブック一面に何ページも何ページも
そのカタチを描き連ねていった。

快感!気持ちいい!楽しい!
スッキリした。
さすが このカタチだけあって 絶妙な爽快感。

そして また 次の日も同じように 描き続けた。
そんな日々を送り これを描けばいいと覚醒していった。

描けば描くほど このカタチなら 自分の色が乗せられる!
子供の頃の原体験が 自分の方向性を決定づけた。

まさしく これが わたしの『みなもと』。

もともと 何を描くかより
何色で描くかが重要だったので
カタチが決まれば あとは想いのまま
色を重ねていけばいい。

最高なる『みなもと』だ。

しかし 人間は迷いもがいて成長する生きもののようで
時として せっかく気づいた自分のあり方を見失う。
それは 仕事や恋愛 家庭環境など理由は様々。

最悪とわかって その最悪な道に突入し
地獄街道を全力で暴走し 行き着いた先は 結局
自分の人生は 自分でコントロールできると
実感できた最高のいただきだった。

最悪な道を歩くことも
最高の道を歩くことも
自分で決められる。

爆走でも迷走でも 全力で突き進んだからこそ這い上がれた。
そこに気づくと好きなことしか選択しない自分が生き残った。

絵を描くことが好きだっただけでなく
文章を書くことも 実は大好きだったため
全くの未経験でコピーライターの道へ足を踏み入れる。

そこでは 自分の能力を遺憾なく発揮することで
お金を稼げることを知った。

正確には 自分の好きなことでないと
好きなだけのお金が入ってこないことを知った。

そして オーラソーマと出会った。

ひょんなことから オーラソーマが向いてるんじゃない?と
見知らぬ人に言われた一言で直感のみで講座を受講。

オーラソーマ講座初日に「これだ!」と痺れ
色彩と心理の融合に大興奮。

色が人間に及ぼす影響の凄さを知れば知るほど
ますます色彩心理の世界に魅了され
オーラソーマでは触れない 科学や医学に関連した
色についての学びも深めていった。

色にまつわるコメントを雑誌に寄稿するようになり
コピーライターとオーラソーマが繋がった。

そして 引っ越しを機に 大量の画材道具を
一切合切 手放すことを決意。

いつか また真剣に描く時に 揃えればいいやと
かなり思いきってみた。

一回ゼロになったことが功を奏した。

オーラソーマは 天職だと思えるほど
充実感があったけれど なにか違和感を感じていた。

その違和感の正体は 絵の具を手放したこと。
絵を描くこと。
結局 辿り着く場所は ここだった。

その時 迷うことなく
あの『みなもと』が舞い降りてきた。

自分の色を自由に楽しく乗せられた あの『みなもと』。

自分の『みなもと』を知っていると
本当の“自分を生きる”ことができる。

誰にでも『みなもと』は存在する。

自分がそうだったから言えることは
誰の『みなもと』も 当たり前で
身近すぎることかもしれないし
意外なほど 些細なことかもしれない。
しかし それが大きなことに繋がる。

そして 幾度となく 見失ったり
間違えたりするものかもしれない。

他人から有益そうな情報を得たとしても
そこに自分に生かせる根源や要素があるとは限らない。
自分の『みなもと』と他人の『みなもと』は違うから。

死んでしまいたい人 自分らしさを確認したい人に断言できる。

自分の『みなもと』を見つけると
「死にたい」 は 「生きたい」 に変わる。
しかも 猛烈に 自分を生きたい!と思える。

色が 身心に どれほど大きな働きかけをしてくれるか
たくさんの実証に基いて語れるようになった今
わたしの『みなもと』から色を運ぶ。

そして また 地獄を渡り 傷つき 心が折れても
自分が自分である喜びは絶対に見つけられることを伝えたい。

わたしは 自分の中にある ありったけの情熱を排泄すべく
“自分を生きる”証として『みなもと』を描く。