自分のカタチ


 

人それぞれ 自分のカタチがある。

誰も同じではない。
顔も 思考も 好みも 何もかも。
似ていても同じはない。

生まれ持った使命や目的が違うから。
違っていて当然。

そんな他人と比べたところで
自分の良い部分は見えっこない。
むしろ 悪い部分ばかりが目立つだろう。

絵を描くのが好きでも 〇〇ちゃんのように
上手に描けないから描かないとか。

ギターを弾くのが好きだけど
プロには敵わないから趣味に留めるとか。

誰かを基準に どうして 自分の好きなことに
制限をかけてしまうのだろうか。

風景画を描いて 〇〇ちゃんのように写実的には描けなくても
自分らしい濁った淡い色が出せればいいんじゃないか。

衝動にかられて ギターに触れる指先から
想いもよらない 音が降ってくることは プロだけだろうか。

自分の好きなことや やりたいことを
本気で成し遂げたいなら 誰かと比べてはいけない。

“自分を生きる”のは自分なのだから
誰かと比べても 自分の答えは出てこない。

もしも 比べる対象がほしかったら
過去の自分と比較すればいい。

そしたら 今の自分の進化に 感激するかもしれないし
成長を感じなければ 自分で自分の背中を押すことができる。

自分探しといって 習い事をしたり
遠くへ出かけてみても 自分から遠ざかるばかりかもしれない。

自分のカタチに気づけない限り。

好きなことは 肉体も精神も喜ぶことだから
とにかく好きなこと 衝動にかられることをやってみる。
誰かや何かと比べなければ 自分のカタチが見えてくる。

好きなことをやっているというシンプルなこと。
誰かと違う自分に気づくこと。
それだけで 可能性は無限大に自分を拡大させてくれる。

自分は 自分だけだから。

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